ラウリ・ラパラのエピソード
1905年 ルアーの生みの親 ラウリ・ラパラ生誕
彼のエピソードがなんとも素晴らしい。
漁師であるラパラは不漁と世界的な恐慌により喰うのもままならないほど貧しかった。
家族を守るためシケの海にも獲物を求め毎日漁に徹した。
しかし努力の甲斐なく漁に使う餌を買う事も出来なくなってしまった。
そんなある日、家に散乱している木端材(廃材)を見てラパラは駄目元で漁の餌である小魚に見立てナイフで成形した。
これがファーストラパラルアー

この木端材から出来たルアーがラパラの想像を絶するほどに良く釣れ、家族の飯、漁に使う餌も買えるようにまでなった。
しかし、ラパラはこのルアーに思いを寄せその後も餌を買うことなくルアー作りとルアーでの漁に徹するようになる。
1939年 冬戦争 勃発 ラウリ・ラパラは兵役に就いた。
当時の食料調達に必要な漁は爆薬を使ってのものであったが、ラパラは今までの漁師生活で学んだルアーでの釣果で驚くべき成果を成し遂げフィンランド全域にこの噂が広がり、本格的に息子たちとrapalaルアーの生産を始めた。
このルアーがもとでルアーフィッシングという釣法が世に知れ渡ったと言っても過言ではありません。
その後沢山のルアーメーカーが出現し名作を作ってきましたが、結局は原型となるラパラを目指してきた訳です。言えばラパラが無ければその名作も生まれなかったと言う事になります。
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